君が宇宙人が作ったとしか考えられない、地下300メートルに広がるこの巨大な円盤の存在を知ったらどんな顔をするかなんて、考えたって答えは出るはずもなかった。君は僕と同い年とは思えないほどに好奇心が強く子供っぽいところが多かった一方で、科学的思考というものをあからさまに忌避する女の子だったから。
 君は兎に角、理科や数学に関連する勉学を悉く嫌った。量子力学も現代物理学も解析学もてんで理解するに及ばず、単純な計算問題に使う公式すらあやふやな始末だった。面倒を見てやる義理なんか一切なかったって言うのに、僕に泣きつく君の顔があまりにもおかしかったから、少しだけど勉強を見てやったっけ。面白いことに、それでも君にはまるで見所がなかったけれど。
 君は変わった女の子だった。明朗快活で声が大きく、考えていることが全て顔に出てしまうような。素直でお節介焼きで、感情豊か。そんなだから、僕は君を眺めているのに飽くことがなかった。



「和泉くんって、絶対千尋のことが好きなんだと思うの」



 なんて、誰の目から見ても明らかなことを信じられないくらい真剣な顔で僕に耳打ちしてきたときは、どうしたものかと思ったけれどね。「今更そんなことを言って、君、どうしたんだい?」と僕がまじまじとその顔を見れば、君は少し考えてから、ゆっくり首を傾げた。頭の回転が少しばかり遅い君は、僕と会話のテンポが合わないことが多々あった。
 そんな君から学ぶことは、けれど少なくはなかったのだ。君は文学に関して言えばよっぽど造詣が深かったし、時折、僕でも考えつかないようなことを指摘することがあったから。実験の矛盾点に留まらず、うっかり見落としていた重大な欠陥とかね。口にしたことはあまりなかったかもしれないけれど、僕は君のことを案外認めていたんだよ。
 和泉くん、森村さん、僕と、それから君。理数に関する知能指数には明らかな差のある僕たち四人だったけれど、居心地は決して悪くなかった。ただ、君が和泉くんと森村さんを二人きりにさせたがる傾向にあることだけは、厄介だったな。だってそうすると必然的に君と僕とが二人きりになるんだから。君は自分でも気がついていないようだったけれど、間違いなく僕のことが好きだった。
 好きだったんだよな。誰がどう見たって。
 まあ、もうそんなことに心を割く状況ではないわけだし、どうだっていいか。



 僕達が辿り着いた地下にある宇宙船の遺跡は、僕の心を酷く躍らせた。だってここにある設備はどれもこれもが現代科学では計れないものばかりだったんだから。脇目も振らずに解析を続ける僕を見る森村さんの瞳が、何か言いたげだったことに気がついていなかったわけでは勿論ないけれどね。僕にとっては「地上で起きたこと」より、この地下に隠されたものを調査することの方が重要だったんだ。取り返しがつかないことっていうのは、気に病んだって無駄だろう?
 僕にとって問題だったのは、そうして解析に夢中になっていても、時折僕らの足元――いや、この場合足元ではなく、僕らのいる空間そのものか――が揺れることだった。森村さん曰く、動かなくなった怪獣が自重で地下に落ちてきていることが原因らしい。おかげでこの空間と地上とを繋ぐトンネルが塞がれてしまったそうだけど、この先地上に戻る意味なんかないんだから、気に病むだけ無駄だ。そう答える僕に森村さんは眉を顰めた。森村さんは頭の良い女の子だけど、感情的というか、そういう非合理的な側面があるのが玉に瑕だった。
 非合理の塊であった君がここにいたら、どうだったかな。
 どうだっていいと言いながら、僕は思考の隙間に緩やかに挟み込まれる君を完全には無視できない。
 少なくとも、錯乱はしただろうね。地上にいた人たちが全て消えてしまって、もうここにいる僕達以外に生存は絶望的だ、なんて知ったら、君は恐らく使い物にならないくらいに泣き続けただろう。そう考えたら、森村さんはよっぽど気丈な方だ。落ち込みはしても、ものの数日で立ち直って、こうして調査を手伝ってくれているんだからさ。だから、残ったのが君でなく森村さんの方で、良かった。
 良かったはずなんだけどね。








「沖野くん」



 僕はこの円盤の上で君の夢を見る。
 制服を着た君は僕の名を呼び、僕の前で本を読んだり、下手くそなスキップをしたり、ノートの端に落書きをする。君にしか分からないお手製の暗号文を、僕はそもそも読解する気はなかったけれど、あれには一体何が込められていたんだろう。君の書く字は掠れて、逼迫した感情のようなものを僕に感じさせる。祈りのような、呪いのような、どっちかな、どっちでも良いか。
 何も意味がないように思われるものに意味を見出すのが好きな女の子だった。「電線に止まった鳥が何を考えているか」なんて、そもそも思考する方がどうかしている。きっと君がこの場にいたら――他の人たちと一緒に消えずにいたら――僕らの頭上のカウントダウンを見て、僕らが思いつきもしないことを口走ったんだろうな。僕は君じゃないから、例えば、なんて風に、気の利いたことも言えないけれど。
 もしも君がここにいたら、なんて、だけどそもそも考えること自体が非合理だ。君は消えた。先生や僕らの両親、友人たち、その他大勢の名も知らぬ人々と一緒に呆気なく消えてしまった、まるでデータがリセットされたみたいに。消えてしまったから、だから、考えたって無駄なんだ。残された僕は和泉くんと森村さんと三人で生き延びなくてはいけない。森村さんは地上に戻る方法を考えているみたいだけど。感情的になるなんて無意味だ。だってこんなところで終わるわけにはいかないだろ。
 君は僕の夢の中で生きれば良いよ。








 カウントダウンの終わりと共に崩壊を始める遺跡の中、タイムマシンを利用しての和泉くんと森村さんの二人の転移を見届けたとき、僕は安堵に似たような気持ちを抱いていた。少なくとも、こんな状況で彼らだけでも退避できたなら充分かな。この世界は終わるらしい。だけど、平和な過去にさえ戻れば、すぐさま命を脅かされる危険はない。二人は助かったのだ。僕は一緒には行けなかったけれど。
 地鳴りの中崩れ落ちる瓦礫は僕らが調査していた数々の端末を次々と押し潰し、破壊していく。ああ、あれはまだ解析が済んでいなかったっていうのに。なんて考えてしまう僕は、根っからの科学者だったのかな。けれど僕の末路もあれらの機械たちと似たようなものであることは間違いなく、そう思うと薄ら寒いものを覚えなくもない。和泉くんたちを運んだ装置の天井が崩落する。



「……はぁ」



 君がこの場にいたとして。もうお決まりになった君が生きていた場合の仮定は、それこそ僕の嫌う非合理的思考だったと今の僕は結論づけているけれど、まあ、最期だし良いだろう。
 君がこの場にいたらさ、君は多分、こんなところに沖野くん一人残してなんかいけないって、どうにかしてでも僕と一緒に過去に行こうとしたよな。でもタイムマシンの遠隔操作が不能になった以上、誰かが残って、犠牲にならなくちゃいけなかったわけで、うん、だったら、自分が残るって言い出すか。機械オンチの君には決して出来ない操作だっていうのにさ、君はきっと、泣きながら転送装置を飛び降りて、僕の邪魔をするんだ。そうなると、ここでの犠牲が一人から二人になるだろう。無駄死にじゃないか。そう思ったら、こんなときなのにちょっとだけ笑えた。
 君はもうどこにもいないのにな。
 唇の端から微かに息が漏れる。降り注ぐ瓦礫から身を守るため、無意識に丸めた手足が震えていた。地上のことなんか考えるだけ無駄だと言った僕を、どこか軽蔑するような目で見ていた森村さんの手前、僕は君の名前を口にすることすら避けていたんだけど。最期くらいいいか。



さん」



 終わっていく世界の端っこで、君が光になって消えたときのことを、僕は今でも覚えているよ。
 君は僕が好きだった。